2023年12月15日金曜日

ローカル駅からはじめる自転車散歩【JR東日本 中央線 国立駅】

 ゆっくり起きた予定の無い休日の朝、折り畳み自転車とともに列車に乗って、ふらっと思いのままにローカル駅で降りてみる。特別な観光地ではなく、普通に人が暮らし、働き、近所の公園で子どもが遊んでいる、なんの変哲もない町だけど、のんびり走ってみると、いろいろな発見や出会いがある。そんな、小径車だからこそのゆるい自転車散歩をお送りする連載記事。今回はJR国立駅を起点に、80年代を代表する日本のロックバンド「RCサクセション」および、故・忌野清志郎さん所縁(ゆかり)の場所を探し回る、聖地巡礼的ポタリングレポートをお届けしたいと思います。


今回のローカル駅からはじめる自転車散歩は、忌野清志郎なんて知らないぞ、RCサクセションなんか聞いたことないぞ、という方にとっては、「だからなに?」的な内容が続きます。そういった方々においては大変申し訳ありませんが、自転車を利用した聖地巡礼の一例として、なんとか最後までお付き合いいただければと思います。


* * *

  

新宿駅から高尾行きのJR中央線快速に乗ること約40分、秋晴れのJR国立駅に到着しました。早速、自転車を展開し、まずは最初の目的地である国分寺市立第三中学校に向かいたいと思います。ちなみに本日のパートナーはDAHON Visc EVO。451タイヤと20段変速のギアを装着した長距離ツーリング向きの折り畳み自転車です。

1926年(大正15年)に国分寺駅と立川駅の間に新駅を作ることになり、両駅から一文字ずつ取って「国立駅」としたのが駅名の由来だそうです。ちなみに「こくりつ」ではなく「くにたち」と読みます。

国立駅から北に向かって走ること約2キロ。最初の聖地、国分寺市立第三中学校に到着。ここは忌野清志郎さんの母校であり、在学中に同級生の小林和生さん(※1)と破廉ケンチさんの3人で「The Clover(※2)」というバンドを結成したのが、RCサクセションの始まりとなります。

※1 小林和生さんはRCサクセションのベーシストです。ライブではいつも「リンコ・ワッショー」と紹介されていました。
※2 「The Clover」はその後、「The Remainders of the Clover(Remaindersは残党や余りという意味)」と名前を変え、さらに「The Remainders of the Clover succession(successionは継承や連続という意味)」となり、それを省略するカタチでRCサクセションというバンド名が誕生します。

校庭はすぐに見つかったのですが、正門の位置がなかなかわからなくて、15分ほど探し回ってやっと辿り着きました。もしかしたら日本で一番正門がわかりづらい中学校かもしれません。徒歩でなく自転車で良かった、本当にそう思いました。

次に向かったのは国立駅から東へ少し走った場所にあるたまらん坂。忌野清志郎さんの聖地としてはおそらくもっとも有名で、毎年5月2日の命日にはたくさんのメッセージや花束が供えられます。忌野清志郎さんは若い頃、この坂の近くのアパートに住んでいて、「多摩蘭坂(※3)」というタイトルの曲も作っています。ちなみに平仮名のたまらん坂が正式な名称で、多摩蘭坂という漢字は忌野清志郎さんによる当て字と言われています。

※3 1981年発売のアルバム「BLUE」に収録されているバラード。『多摩蘭坂を登りきる手前の、坂の途中に住んでる』という歌詞があります。


たまらん坂の坂の上から国立方面を撮影しました。

1980年発売のアルバム「PLEASE」に収録されている「いい事ばかりはありゃしない」に『何も変わっちゃいない事に気がついて 坂の途中で立ち止まる』という歌詞がありますが、その坂もこの坂ではないでしょうか。

坂を登り切ったところにある京王バスの多摩蘭坂停留所。漢字の多摩蘭坂は忌野清志郎さんによる当て字と言われていますが、実は昔からこう書かれていたのか、あるいは京王バスの担当者がRCサクセションのファンだったのか。謎が深まるバス停です。


RCサクセションがまだフォークバンドだった時代に発表された「ぼくの自転車のうしろに乗りなよ(※4)」という曲に、『坂を下って国立に行こうよ/坂を下って南口に行こうよ/大学通りを二人乗りしようよ』という歌詞があります。その歌詞に導かれるように多摩蘭坂を下り、国立駅の南口に戻ってきました。下の写真の大きな道路は大学通り。国立駅の南口からまっすぐ南に伸びる国立市のメインストリートです。

※4 1972年に発売されたRCサクセションのセカンドアルバム「楽しい夕べに」に収録されています。


大学通りの名前の由来は、通りの両側に一橋大学のキャンパスが広がるからです。先ほど紹介した「ぼくの自転車のうしろに乗りなよ」の歌詞の中にも一橋大学は登場します。


大学通りを南に走る途中で見かけた街区表示板。この「中3-1」という住所表示を見て、おっ!と思う方はなかなかのRCサクセション通かも。1972年発売のファーストアルバム「初期のRCサクセション」に「国立市中区3-1(返事をおくれよ)(※5)」という曲が収録されているのですが、政令指定都市でない国立市に区はないので、「国立市中区3-1」という曲名の由来はこの住所ではないかと言われています(違ってたらゴメンナサイ)。

※5 ラブレターの返事を待つじりじりした気持ちを歌ったストレートなラブソング。『たとえ君がヘタクソな字を書いても 君への気持ちは変わりはしないのさ』という歌詞が素敵。


JR南武線の谷保駅に到着。国立駅の南口から始まる大学通りはここで終点となりますが、聖地巡礼ポタリングはまだまだ続きます。


南武線の踏切を越えてそのまま南に少し走ると交通量の多い片側2車線の道路に突き当たります。甲州街道です。RCサクセションで甲州街道と言えば、1976年発売のアルバム「シングル・マン」に収録されている「甲州街道はもう秋なのさ」が思い浮かびます。この交差点を右折して、八王子方面に向かいます。


甲州街道を西に走ること約1キロ、矢川駅入口交差点に到着。ここでいったん甲州街道を離れ、左折して忌野清志郎さんの出身高校である都立日野高校に向かいます。


国立市から日野市へつながる日野バイパスの上から見た多摩川。右岸が国立市、左岸が日野市です。遠くに見えるのは奥多摩の山々。


多摩川を越え、日野市に入ってすぐのところにある多摩都市モノレールの万願寺駅。日野高校はもうすぐそこです。


忌野清志郎さんの母校、東京都立日野高等学校に到着。校舎がやけに新しいなと思って調べてみたら、今年建て替えられたばかりの新校舎でした。この学校で出会った先生や授業中のフトした気持ちを題材に、「僕の好きな先生(※6)」や「トランジスタ・ラジオ(※7)」といった曲が作られています。

※6 1972年発売のファーストアルバム「初期のRCサクセション」に収録。忌野清志郎さんの担任で美術部の顧問でもあった小林先生をモデルにした曲。
※7 1980年発売のアルバム「PLEASE」に収録。『Woo授業をさぼって 陽のあたる場所にいたんだよ 寝ころんでたのさ屋上で』という歌詞から始まるRCサクセションの代表曲のひとつ。


日野高校の正面には浅川の河川敷が広がっています。浅川は多摩川の支流で、日野高校のすぐ東側で多摩川と合流しています。雑草生い茂るこの河川敷の風景は忌野清志郎さんが通学していた50年前とさほど変わっていないのではないでしょうか。


浅川沿いを下流に向かって少し走り、浅川多摩川合流点を鋭角に回り込んだあたりで撮った写真です。ポタリング向きのノンビリした道が続いていますがこれは多摩川サイクリングロードです。


日野高校の北側に広がる北川原公園グラウンド。天然芝のサッカー場です。人影のまったくない公園でほんのちょっと休憩し、本日最後の聖地、八王子市の富士森公園に向かおうと思います。名曲「スローバラード(※8)」の歌詞の中に出てくる市営グランドの駐車場は、この富士森公園の駐車場です。

※8 1976年発売のアルバム「シングル・マン」に収録。


ゆるやかな登り坂が断続的に続く国道20号線。この道を西へ10キロほど走った先に富士森公園があります。


国道20号線を走っている途中、ものすごくおいしそうなパンの匂いがしてきて、思わず寄り道して食べたアップルパイ。お肉屋さんのコロッケとか、地元の和菓子屋さんの豆大福とか、ポタリングの途中に寄り道して食べるものって、5割増しで美味しくなるような気がしませんか。

アップルパイ1/4サイズ。税込330円。

アップルパイを買ったアイグランさん。フランスパンも美味しそうでした。

日野高校を出発し国道20号線をひたすら走ること約45分、ようやく富士森公園の駐車場に到着。これが市営グランドの駐車場か、と思って記念撮影したもののなんだか少しイメージと違う気がする…。できたばかりの駐車場っぽいし、市営グランドも近くにない。そう思って、公園の案内板を見てみると…


野球場のとなりに小さな駐車場を発見(黄色い矢印。赤い矢印は上の写真の駐車場です)。若き日の忌野清志郎さんが彼女と毛布にくるまって寝た駐車場(※9)はここに違いない!

※9 「スローバラード」の冒頭に『昨日は車の中で寝た あの娘と手をつないで 市営グランドの駐車場 2人で毛布にくるまって』という歌詞があるのです。


もうひとつの駐車場を目指して公園の中を走っていくと、金網の向こうに野球場を発見。市営グランドだ!

八王子市民球場のグラウンド。2021年からネーミングライツでスリーボンドスタジアム八王子という愛称になっています。

そして、ようやく辿り着いた本日最後の聖地、市営グランドの駐車場。日が暮れつつあるせいか、曲のイメージにピッタリのなんとも切ない印象の駐車場でした。

「スローバラード」が発表されたのは1976年。富士森公園のレイアウトも何度か変わっているそうなので、この駐車場が絶対にスローバラードの駐車場なのか?と言われると自信がありません。誰か詳しい方がいたら教えてください!

さて、忌野清志郎さんの聖地巡礼ポタリングはこれにて終了となるのですが、自転車散歩はもう少しだけ続きます。じつはここに来るまでに、気になる道をひとつ見つけていたのです。

それがこの川沿いの道。国道20号線を富士森公園に向かって走る途中で見かけた浅川沿いの道です。日野高校から富士森公園まで国道20号線を走るルートを選んだのですが、もしかしたら川沿いをのんびり走るルートもあったのかもしれないと気になっていたのです。というわけで、日没までまだ少し時間があるので、行けるところまで走ってみようと思います。

川沿いの道はなだらかで平坦。しかも車もほとんどない。見かけるとついつい走ってみたくなりますよね? 

これぞ自転車散歩という道が続きます。


夕暮れの浅川水道橋。


このまま多摩川との合流地点まで行けるかもと思っていたら、唐突に行き止まりになりました。残念。

2軒の家が夕焼けのオレンジ色に染まっていて、なんだか少し味わい深い写真が撮れました。

JR八王子駅まで戻ってきました。自転車を折り畳んで、ここから帰ります。輪行はどこからでも帰れるのがいいですね。


 

楽しかった今回の聖地巡礼ポタリングですが、ひとつ心残りがあるとすれば、忌野清志郎さんの姿カタチがわかるなにか(ポスターや音楽雑誌など)を見つけることができなかったことです。忌野清志郎さんが生れ育ち、そして大人になってからも住んでいた街なので、レコード屋さんや本屋さんの店頭なんかにさりげなく飾ってあったりしないかな?と思っていたのですが、残念ながら見つけることはできませんでした。さみしいので、1980年発売のライブ・アルバム「RHAPSODY」のジャケット写真を撮って載せておきます。左からキーボードのゴンタ2号(G2)さん、リードギターの仲井戸麗市(チャボ)さん、ドラマーの新井田耕造さん、忌野清志郎さん、ベースのリンコ・ワッショー(小林和生)さんです。このアルバムは名盤なので機会があったら聞いてみてください。

押し入れの中から引っ張り出してきたLPの「RHAPSODY」。レコードのジャケットって、アートだと思いませんか? 

 

今回巡ったポイントと走行ルートです。約36kmの自転車散歩でした。


 

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今回の「ローカル駅からはじめる自転車散歩」は如何でしたか?日本には全国くまなく駅があり、輪行すれば「楽に長距離を」「比較的安価に」移動でき、天候や体調の急な変化や機材トラブルにも対応できます。今回の記事に登場した折り畳み自転車は街乗りからサイクリングまで活躍するオールラウンドバイクのDAHON Visc EVOです。DAHONでは様々な折り畳み自転車をラインナップしていますので、走行機能と折り畳み機能のバランスを考えながら直感的な好みも含め、自分にあったモデルを選んでください。

DAHONでは様々な地方のローカルな鉄道駅を起点にした自転車散歩(ポタリング)記事を連載しています。更新時にはFacebookX(旧Twitter)Instagramでお知らせしますので、ぜひフォローをお願いします。

 

*使用車体
 DAHON /Visc EVO(Color:ディビジョンシャンパン)

*この記事で紹介している情報は、2023年11月時点の取材に基づいています。
*自転車に乗車する際はヘルメットを着用するとともに、歩行者のいるところや細い路地などは押し歩きや迂回するなど、マナー優先でサイクリングを楽しみましょう。