2022年4月6日水曜日

ローカル駅からはじめる自転車散歩【都営地下鉄 三田線 板橋本町駅】

ゆっくり起きた予定の無い休日の朝、折り畳み自転車とともに列車に乗って、ふらっと思いのままにローカル駅で降りてみる。特別な観光地ではなく、普通に人が暮らし、働き、近所の公園で子どもが遊んでいる、なんの変哲もない町だけど、のんびり走ってみるといろいろな発見や出会いがある。そんな、小径車だからこそのゆるい自転車散歩をお送りする連載記事。今回は都営三田線 板橋本町駅を起点に地元のパワースポットや、クルドサックという袋小路状の道路のあるところを巡ります。



* * *


今日の自転車散歩の目的地は東京都・板橋区周辺。最寄り駅まで自走し、駅前で自転車を梱包していると、放置自転車取り締まりの腕章をつけた白髪の男性に話しかけられました。

「それ、何キロぐらいあるの?」

いい質問ですね、と内心で思わずニヤリとします。なぜなら今日の相棒はDAHON K3。3段変速ながら超軽量を実現した14インチの折りたたみモデルで、自慢せずにはいられない自転車だからです。

「これは7キロ台なのでとっても軽いですよ。よければ持ってみますか?」とさも何でもないように答えると、男性はうれしそうにフレームに手を伸ばしました。折りたたんだK3を持ち上げると、拍子抜けしたように数回上下させます。

「本当だ、こりゃ軽いや。便利でいいね!」

予想通りの反応に二人でにっこり。これからがシーズンですね、気を付けてと見送ってもらい、鼻歌交じりで電車に乗り込みました。

なかなか絵にはなりにくい地下鉄出口。読みは「いたばしほんちょう」です。

スタート地点は都営三田線の板橋本町駅。板橋区には3路線7つの「板橋」とつく駅があり(※)、この駅もその一角をなす駅です。地上に出るとそこは環状七号線と首都高5号池袋線が交わる場所で、人通りも交通量も多めでした。そわそわしながら手早く自転車を組み立てます。
※板橋(JR埼京線)、新板橋・板橋区役所前・板橋本町(都営三田線)、上板橋・中板橋・下板橋(東武東上線)

目の前には首都高速の板橋JCTが。

縁は異なもの、結ぶも切るも神の御心?

今日最初の目的地は、一部界隈で有名なパワースポット「縁切榎」。悪縁を絶ち良縁を結んでくださる神様とのことですが、縁結びだけが目的ならほかの神社でも叶えてもらえそうです。あまりほかでは聞かない「縁切り」をお願いしたいからこそ、この地に来る人が多いのではないでしょうか。本気の祈りは何となく人目を避けて行われる気がして、昼間から来る人もそんなにいないのでは、などと考えていましたが……この神社の人気、少し侮っていたようです。週末のお昼前、次から次へと引きも切らずに参拝者がやってきて、小さな鳥居の前で順番待ちが発生しています。仕事の合間を縫ってきた様子のスーツ姿の男性もいれば、遠方から来たのか、大きなトランクを引いた女性もいます。これはちょっと、首からカメラをぶら下げてヒョコヒョコしていていい空気ではありません。ちょっと時間を置いてみようと、縁切り榎を通り過ぎて裏手に回ってみると……。


雰囲気のよさそうな銭湯を見つけました。地元の人に愛されている銭湯かなと近寄ってみると、閉ざされた入り口に貼り紙がありました。

悲しいお知らせ。帰宅後に検索してみましたが、昔ながらのレトロな銭湯だったようです。

この撮影から約1年前に閉店されていたようです。

コロナ禍や燃料の高騰など、いろいろ事情があったのでしょう。立派な建物ですが、この辺りでも歯抜けになった商店街に住宅が建つという現象がみられます。広い敷地は、マンションを建てたい業者にすでにチェックされているかも……と勝手に想像をたくましくし、しんみりしてしまいました。

ガラスがいい感じです。おばあちゃんの家にもこんな飾り窓あったな。

さて、ぐるりと巡って縁切榎に戻ってみると、タイミングがよかったようで人がいなくなっていました。

住宅街のごく普通の交差点に、突如として現れるパワースポット。信号の名前も「縁切榎前」です。

旗本のお屋敷の生垣にあった榎が「縁切榎」と呼ばれるようになったのは江戸時代から。1861年の皇女和宮の降嫁のときも、旧中山道のここを通過することで縁が短くなるのを恐れ、わざわざ回り道をしたといわれています。井上ひさしの小説で、昔は女性の希望で離縁をするのがとても難しかったと読んだことがあります(大泉洋主演で映画にもなりましたね)。まさに神に祈るしかなくここを訪れた女性も多かったのでしょうか。現在でも、男女の仲だけでなく、お酒や病気、ギャンブルや職場の問題など、いろいろな悩みをもつ人々がそっと願掛けに来ているようです。

縁を切りたい相手に樹皮を煎じて飲ませるといいとされ、長年削られ続けた榎はいまやこんな姿に。

大変コンパクトな境内に、大変な数の絵馬が奉納されています。お遍路さんが真剣にお参りする後ろ姿を見ても胸がきゅっとなってしまうたちなので、オカルトスポット的に冷やかす気にもなれません。

絵馬は近くの蕎麦屋さんなどで入手することができますが、個人的にはいまはどうしても断ち切りたい悪縁があるとは感じていません。大事にしたいご縁のほうが多いのは本当にありがたく、病気や戦争とは縁を切りたいと思っていますが、それはきっとみんな同じこと。私の些末なお願いは控えるので、どうかほかの人たちの願いの審査と採用に尽力されてくださいーー。心の中でそう唱え、ごあいさつだけで立ち去ることにしました。

次の目的地は「智清寺」の敷地内にある「木下藤吉郎出世稲荷」です。

室町時代初期に開かれた智清寺。訪れた日は春のお彼岸にあたり、多くの人がお参りにきていました。


木下藤吉郎出世稲荷は智清寺の中にあるいわば「間借り神社」です。連なる鳥居が華やかでした。

足元にある丸いものはなんでしょう。左側の狐さんの足元には四角い何かがありました。

藤吉郎といったら言わずと知れた天下人・豊臣秀吉のこと。こちらの起源はさだかではないものの、大坂の陣からこの地に逃げ延びた人が、秀吉にゆかりがあったことから建立したとされているようです。いまなすべき願い事は縁切りよりも出世だ!と思い、こちらではお賽銭を入れて念入りにお参りしておきました。銀行の手数料や電子マネーの台頭で小銭が嫌われる時代になりましたが、縁切榎で思いがけず何かのご縁が切れていたら怖いので、お賽銭は5円(ご縁)を投入させていただきました。

守りの堅いお賽銭箱。でもお札が入らないので「小銭でいいんだよ」と言ってくれている気もします。

境内にはお彼岸で訪れた人たちのもつ線香の香りが満ちていて、とても穏やかな気持ちになりました。さて、お参りを終えてのんびりと走り出したら、路地裏で気になるものを発見しました。


これは……節分の時期に魔除けとして飾られるという「柊鰯」というやつですね。門松も出さない家庭で育ったため、本物を見たのは生まれて初めてでした。すでに3月ですが、珍しいものを見せてくれてありがとうございます。都会では年中行事を重視する人が減っていますが、これを飾ったマイペースな人に感謝です。


フラフラと走っていたら石神井川に出ました。桜の開花を待ちわびて、ぼんぼりが提げられています。

川に沿って走り、再び環七方向に向かって少し北上します。突き当たった交通量の多い道路の向こう側に、何かご機嫌なものが見えてきました。

あ、あいつは……。


この建物は、おつまみ系ポテトチップスとして不動の人気を誇る「わさビーフ」の山芳製菓本社です。社屋の上にいるのはわさビーフのキャラクター。こちらは2020年にお笑い芸人がデザインした2代目キャラクター「わさぎゅ〜」です。個人的には眠そうな顔をした先代の「わさっち」のほうが馴染み深いのですが、時代は常に移り変わるもの。わさビーフのおいしさが変わらなければ、それでいいわけで……。


電車と車と歩行者&自転車が至近距離で交錯する情報量の多い場所。高架をくぐって進みます。

昭和の都市計画に思いを馳せる

「わさぎゅ〜」と別れて西の方角へ向かい、到着したのは東武東上線・ときわ台駅です。ここは一定以上の世代には「板橋の田園調布」として知られる住宅街。初耳だという人も、その理由に迫っていきましょう。


かわいらしい駅舎の前にはロータリーが広がり、止まった噴水の池にカモが泳いでいてなごみます。

ゆったりとカーブを描く道路や、ほどよいアップダウン。ときわ台駅の北口には、レトロで静かな街並みが広がっています。穏やかな佇まいは昭和初期に東武鉄道が行なった宅地整備の賜物で、ここで見られる特徴的なもののひとつが「クルドサック」です。日本国内では大規模な宅地開発が実施された住宅地につきもので、このときわ台でも5つのクルドサックを見ることができます。

説明する間もなく、駅を後にしてすぐに一つ目のクルドサックに到着です!



……このクルドサックは少し大きいし、形もややいびつなため、写真ではどうなっているのかよくわかりません。そもそもクルドサックとは何なのか。では、ここで地図を見てみましょう。


フランス語で「袋小路」を意味するクルドサックは、その名の通りの環状の道路です。車は通り抜けることができませんが、歩行者は通過できる細い路地が切られています。

二つ目のクルドサックへ続く歩行者道。なんだかワクワクします。

一気に視界が開けました。植樹エリアの円形が比較的わかりやすいです。

狭い小道の先にあるぽっかりとした空間が、街並みに心地よい不規則性とリズムを生んでいるように感じます。

居住者以外の通行が自ずと少なくなるクルドサックは、防犯にも効果があるそうです。しかしいわば「必要不可欠ではない」用途に土地を割いているともいえる街づくりの方針には、時代のゆとりや開発への意欲が感じられます。ドーナツの穴に当たる部分には植え込みが作られ、それをぐるりと囲む形で家が並ぶ様子は、いかにも優雅な昭和レトロといった印象です。


三つ目と四つ目。いずれもわかりやすい綺麗な円形のクルドサック。

街とともに歩んだ歴史を思わせる古い家と、小さい子どもの存在を感じさせる新しい家が混在しているこのエリア。とくに常盤台の一部では敷地面積の最低限度が定められており、土地の使い方がゆったりとした家も多いです。お宅探訪が好きな人もきっと楽しめる街並みですが、写真撮影にはじゅうぶんご配慮を。低速の自転車で行ったり来たり、ときに方角を見失ったりしていると、不審者扱いされないか少し心配になりました。

そうこうしながら、ついに五つ目のクルドサックに到着です。


きゅっとカーブしたラインがすてきです。

植え込みの地面にはアリが巣を作っていて、都会の貴重な生態系を担っているのを感じました。

気がつけば陽が傾きつつあります。春めいてきたとはいえ、太陽のパワーはまだ控えめ。夕暮れに差しかかる前に帰路に着いたほうがよさそうです。

走っていてひとつ気がついたのは、この辺りはラーメンの激戦区でもあるということ。縁切榎の近くでもときわ台駅の周辺でも、行列のできているラーメン屋さんをいくつも見かけました。ちょうどお腹も空いてきたことだし、ラーメンを食べて帰ろうかな。南には東京メトロの有楽町線と副都心線、北にはJRの線路が走っているこのエリア。複数路線が選べるので、帰り道の経路を考えながら行列の待ち時間をしのげば万事OK。腹ごなしも兼ねて、少し長めに自走してもいいかもしれません。


今回巡ったポイントです。ぜひ皆さんにも行きつ戻りつ迷子前提でぶらぶらしていただきたいので、今回は走行ルートは省略しました。



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今回の「ローカル駅からはじめる自転車散歩」は如何でしたか?日本には全国くまなく駅があり、輪行すれば「楽に長距離を」「比較的安価に」移動でき、天候や体調の急な変化や機材トラブルにも対応できます。今回利用したDAHON K3は3段変速を装備しながらも本体重量7kg台を実現した機動力抜群の小型軽量の折り畳み自転車。今回のように思いのままブラブラと散策するのにおすすめのモデルです。皆さんもDAHONの折り畳み自転車(フォールディングバイク)を持参して、自転車散歩という休日の愉しみはいかがでしょうか。DAHONでは様々な折り畳み自転車をラインナップしていますので、走行機能と折り畳み機能のバランスを考えながら直感的な好みも含め、自分にあったモデルを選んでください。

DAHONでは様々な地方のローカルな鉄道駅を起点にした自転車散歩(ポタリング)記事を連載しています。更新時にはFacebookやTwitterでお知らせしますので、ぜひフォローをお願いします。また「ローカル駅からはじめる自転車散歩」のInstagramアカウントもぜひチェックしてみてください。


*使用車体
 DAHON / K3(Color:レッド×マットブラック)2022年モデル

*この記事で紹介している情報は、2022年3月時点の取材に基づいています。
*歩行者のいるところや細い路地などは押し歩きや迂回するなど、マナー優先でサイクリングを楽しみましょう。