ゆっくり起きた予定の無い休日の朝、折り畳み自転車とともに列車に乗って、ふらっと思いのままにローカル駅で降りてみる。特別な観光地ではなく、普通に人が暮らし、働き、近所の公園で子どもが遊んでいる、なんの変哲もない町だけど、のんびり走ってみると、いろいろな発見や出会いがある。そんな、小径車だからこそのゆるい自転車散歩をお送りする連載記事。今回は、京浜急行電鉄 本線 新馬場駅を起点に3kmほどのルートを巡ります。
* * *
二度寝推奨の短距離ライド
「ゆっくり起きた予定の無い休日」をコンセプトにしたこの連載ですが、今回の撮影ではこれまでで一番ゆっくり起きました。平日と同じ時間に起きてしまった方は、アラームを消して二度寝をするのがオススメです。遠出の輪行旅でははりきって早起きするのが世の常ですが、行き先が都心のオフィス街に近い駅であればあるほど、朝の時間帯は混雑するもの。早朝から遠くに行くことには制限がかかる状況が続きますが、その分、気楽な楽しみ方を見出していきましょう。
スタート地点は品川区、京浜急行電鉄(京急)の新馬場(しんばんば)駅です。江戸時代に宿場として栄えたこの辺りには馬小屋も整備され、その地名をもとに北馬場駅と南馬場駅ができたそうです。のちにそれが合併されて現在の「新馬場駅」になったとのこと。補足としては4kmほど南には大井競馬場もあり、馬つながりの連想で心ひかれますが、グッとこらえて今回は北に針路をとります。
歩くこともできるぐらいの短距離ルートの相棒は、シングルスピードのDAHON Dove Plusです。のんびり気軽に走るのにこの上なくマッチする14インチモデルは、ラインナップ中最軽量の6kg台。駅の中の移動でも「エレベーターを探して歩かなくても、担いで階段を登っちゃおうかな」と思わせるほどです。
新馬場駅を出てすぐに着くのは目黒川。写真奥に向かう道路はいわゆる「第一京浜」、国道15号です。二度寝の甲斐あってこの時点で時間はすでにお昼に近く、太陽がまぶしすぎて写真が撮りづらいという状況。しつこく自転車の向きを調整していたら、邪魔だったはずなのに、カップルがこちらを避けて通ってくれました。都会の人はカメラにも慣れているので、こちらが何を撮ろうとしているかも考慮して動いてくれるのですよね。ありがとう、若い二人に幸あれ!
お二人に顔向けできるほどの写真も撮れませんでしたが、さしあたり左に折れて遊歩道をゆっくり進みます。
橋の上から川をのぞくと、水底に沈んだ複数台の自転車の上を、たくさんの魚が泳ぐのが見えました。 |
赤くてかわいい「鎮守橋」。そのずっと奥に見えるてっぺんが青い塔は、品川火力発電所の煙突です。 |
目黒川沿いの両岸にはお寺や神社が多くあり、古くから人が暮らしてきた場所なのだということがよくわかります。有名な品川神社もすぐ近くにあるなど、すべてにお参りをしているとそれだけで一日かかってしまいそうです。ちなみに品川神社は2016年の映画「シン・ゴジラ」で人々が避難した場所でもあり、さらにJR品川駅近くの八ツ山陸橋は1954年の「ゴジラ」、「シン・ゴジラ」両作でゴジラに破壊されたスポット。お好きな方は聖地巡りとしての楽しみ方もアリです。
旧東海道を通って「北馬場参道通り商店街」に入ります。平日のお昼時ですが、行き交う人の数はほどほど。常連さんらしき人と店先であいさつを交わす店主や、買い物袋をカゴに積んでのんびりと自転車をこぐお年寄りの姿に、コロナ禍による人通りの変化よりは、変わらぬ日常の気配を感じました。街灯も和風で控えめのデザインですが、LEDで省エネ点灯なところは現代風です。
現役営業中の畳屋さんの前にはブリヂストンの実用車が。はたらく自転車、渋いです。 |
ノスタルジックな路地へ
表通りからは細い横丁がいく筋も伸びており、その一本を折れてみると、一気に空気が変わります。この趣深いレンガの壁は、養願寺の裏手の細い道「虚空蔵横丁」で出合えます。赤いレンガの隙間から、ところどころ緑の葉が顔を出しているのもすてきです。実は本日の自転車のカラー名は「アイビー」。うれしくなって思わず一緒に写真を撮りました。
こちらが養願寺の表側。ぎゅっと肩を寄せ合う住宅街に、突如としてぽっかりと現れる印象です。 |
細い路地の左右に建物が迫り、強い日差しによる陰影をより強烈に見せます。 |
住宅街は人通りもなく静まり返って、自転車のノッチ音がカラカラと大きく響き渡るほど。周囲の家からはひそやかな会話の声や食器の鳴る音、テレビの音が聞こえてきます。路地に面した細い木枠のサッシや、ヨーグルトの容器を鉢代わりに咲く花、玄関脇に作られた、小さな魚が彩る小さなお手製の池ーーどれもよく手入れされていて、おばあちゃんの家に来たような郷愁がかき立てられます。長く変わらぬ生活があることが伝わる北品川の街並み。都会の人も地方の人も、いまを大人として生きている人なら、きっと誰もが懐かしく感じるのではないでしょうか。
北品川公園近くのポンプ井戸。検索すると、川本製作所というメーカーのドラゴンという製品だと判明。 |
昔からたくさんの人が暮らしてきた都市部だからこそ、その歴史が実感できます。ノスタルジーを覚えるのは、この辺りが空襲の難を逃れ、開発の波にも飲まれず、古い趣きを残しているからでしょう。狭い道や密な家々の並びのほかにもそれを感じさせるのが、ぽつりぽつりと残る古井戸です。
かすかに読み取れる「近所の」と「ていねいに使用して下さい」の文字。現役時代をしのばせます。 |
こうした場所は東京都では墨田区や台東区周辺にもあり、同じくあちこちに井戸が残っているとのこと。NHKがまとめた古地図を見てみると、今回走る品川区の海沿いが、辛くも空襲を免れていることがわかります。ポンプ井戸が残っているとされる街や、「古きよき下町」などといわれるいくつもの場所も、空襲を受けなかったエリアと重なります。
もはや自転車のスタンドと化していたポンプ。「特製」は読み取れるものの、肝心のマークがよく見えず。 |
無残に錆びた内部には「ファイト一発!」の空き瓶と、自転車のライトが捨てられていました。 |
こちらもすっかり遺跡の佇まい。井戸にもいろいろなメーカーがあるということを知りました。 |
青い京急は「羽田空港の空」と「三浦半島の海」をイメージした特別車両。ほかに黄色もあります。 |
この辺りは踏切も多く、京急や直通運転を行う都営浅草線などの車両が間近に見えます。すれ違うところも撮れるので(今回はタイミングと技術の都合で撮れませんでしたが)、鉄道好きの人も楽しめそうです。ステンレス車両が増える昨今ですが、京急の全面カラーもおつなもの。東京メトロの丸ノ内線なども赤ですが、「赤い電車といえば京急」という方も多いのではないでしょうか。
そんな京急の線路を離れて、今度は少し東へ向かいます。
北品川橋からは、係留されたたくさんの釣り船や屋形船がよく見えます。そしてその向こうの家、空を埋めるマンションと高層ビル。建物と情報量の多さが、そのままこの街の歴史の層の厚さを感じさせます。
お休み中の船上からも釣れるのですね! |
バス好きにもオススメ
オフィス街を背負う豊川稲荷堂。豊川吒枳尼真天(とよかわだきにしんてん)ともいうようです。 |
フラフラとペダルをこいでいたら、気づけば八ッ山公園にさしかかっていました。見えてきたのは豊川稲荷堂です。この地の埋め立てに際して鬼門除けとして創建されたとのことで、お昼休みらしい会社員風の男性がお参りしていました。鳥居とのぼりの赤さに目を奪われましたが、足を止めた理由はそれだけではありません。
飼育が難しく、近年生息数を減らしているというニホンミツバチが!小さな体で力を合わせてスズメバチをやっつける、セイヨウミツバチよりも黒っぽくてずんぐりしたあのニホンミツバチが!慌てて自転車を止めて見ると、立て札の後ろの木のうろ(矢印で示した辺り)に、確かに何かがブンブン飛んでいます。ぜひ近づいて撮影したかったのですが、立て札にある通り「故意に刺激」してはいけないのであきらめました。帰宅後に調べてみると、同じ品川区内の中延に「日本蜂蜜保存会」なるものがあるそうなので、そこから分蜂してきたのかななどと想像してみたり……。
ミツバチに別れを告げて、次は西へ。少し走ると巨大な建造物が見えてきました。この「都営北品川アパート」は建物の1階部分が都営バスの基地になっているという、ちょっと特別な集団住宅です。
ずらりとバスが並ぶ眺めは壮観。都営バス専用のガソリンスタンドも備えています。 |
いたいた、水素バス。都営も民間も含め、東京では2018年ごろから走り始めた次世代の燃料電池車です。 |
バスの整備もすぐ近くで見ることができます。チェックポイントの声出し確認もカッコいい! |
冒頭で「歩くこともできるぐらいの短距離」と書いた通り、ここまでの走行距離はたった3km足らず。徒歩だと「何か見えてるけどいいや」と通り過ぎてしまうものにも、自転車ならもっと近づくことができるのが大きなメリットです。都営バスの基地もタクシーの車窓から見て気になっていたのですが、今日はしっかり観察できて非常に満足しました。
さて、今回の旅のご案内はそろそろおしまいですが、まだまだ日は高く体力にも余裕がありそうです。気軽さを極めたからこそ、この先のプランも選び放題。北品川駅から輪行してスーパー銭湯に寄ろうか、レインボーブリッジに沈む夕日を見ようか……。まずは天王洲アイルのオープンカフェで小休止にして、ゆっくり考えることにします。
今回巡ったポイントと走行ルートです。古い趣きのある町並みを巡る、約3kmの自転車散歩でした。
* * *
今回の「ローカル駅からはじめる自転車散歩」は如何でしたか?日本には全国くまなく駅があり、輪行すれば「楽に長距離を」「比較的安価に」移動でき、天候や体調の急な変化や機材トラブルにも対応できます。今回利用したDAHON Dove PlusはSimple is Bestの最軽量コンパクトバイク。シングルスピードに割り切った仕様で車体重量は6kg台の軽さを実現し、輪行に向いたモデルです。皆さんもDAHONの折り畳み自転車(フォールディングバイク)を持参して、自転車散歩という休日の愉しみはいかがでしょうか。DAHONでは様々な折り畳み自転車をラインナップしていますが、走行機能と折りたたみ機能のバランスを考えながら直感的な好みも含め、自分にあった製品を選んでください。
DAHONでは、様々な地方のローカルな鉄道駅を起点にした自転車散歩(ポタリング)記事を連載しています。更新時にはFacebookやTwitterでお知らせしますので、ぜひフォローをお願いします。また「ローカル駅からはじめる自転車散歩」のInstagramアカウントもぜひチェックをお願いします。
*使用車体
DAHON / Dove Plus(Color:アイビー)2021年モデル
*この記事で紹介している情報は、2021年9月時点の取材に基づいています。
*歩行者のいるところや細い路地などは押し歩きや迂回するなど、マナー優先でサイクリングを楽しみましょう。