2021年6月3日木曜日

ローカル駅からはじめる自転車散歩【都電荒川線 新庚申塚停留場】

 ゆっくり起きた予定の無い休日の朝、折り畳み自転車とともに列車に乗って、ふらっと思いのままにローカル駅で降りてみる。特別な観光地ではなく、普通に人が暮らし、働き、近所の公園で子どもが遊んでいる、なんの変哲もない町だけど、のんびり走ってみると、いろいろな発見や出会いがある。そんな、小径車だからこそのゆるい自転車散歩をお送りする連載記事。今回は東京に残る唯一の都電、都電荒川線の「新庚申塚停留場」からスタートします。



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「荒川線」は、東京都交通局が運営する「都電」唯一の生き残り路線です。1900年代初頭に誕生した都電は、古くは「市電」と呼ばれ親しまれてきました。最盛期には都内に40路線を誇り、人々の生活の足として活躍したものの、自動車の普及によって利用者が激減。軌道敷も次々に撤去され、現在は荒川区の三ノ輪橋から新宿区の早稲田まで、約12kmを結ぶ荒川線のみとなりました。大型バスよりもコンパクトな車内に持ち込める自転車は「カバーに入れた折りたたみ自転車」のみに限られます。



今回のスタート地点は、そんな都電荒川線の「新庚申塚(しんこうしんづか)」です。公式HPを見ると、電車が停まるのは「駅」ではなく「停留場」。車内には降車ボタンもついていて、前乗り方式なのも路線バスのようです。相棒の自転車はDAHON Mu SLX。飛行機輪行した先で50km超えのルートを共にしたこともあり、軽さにも走行性能にも絶対の信頼を寄せている大好きな20インチ(406)モデルです。都市部の輪行で一番重視しているのは、人の多い場所でもほかの人の邪魔にならないこと。都電の車内は狭く、お年寄りも多く乗っているので、いつも以上に緊張感をもって臨みました。女性や小柄な人でもさっと担いで動ける軽さは、想像以上の安心感を与えてくれます。

まずは白山通りを南下します。歩行者と自転車の分離表示がある歩道もずいぶん増えましたね。

さて、歩道の一角を拝借して自転車を組み立てます。すぐ横にはアウトドアチェアを木陰に置いて新聞を読んでいる男性がいましたが、話しかけられることもなく、といって邪魔だと叱られることもなく。東京らしいこうした距離感を冷たいという人もいますが、個人的にはこれはこれでアリです。

霊園に向かって道を折れると、大通りの賑やかさとは打って変わった静けさに包まれます。犬の散歩をしている人もいました。

まずめざすのは染井霊園。「染井」という名でお察しの方もいるかもしれませんが、旧染井村はいまや全国に広まった桜「ソメイヨシノ」の生まれた地でもあります。この染井霊園も春には桜が満開になり、お花見スポットとしても親しまれています。


東京都内には、ほかにも桜の名所として知られる墓地が複数あります。たとえばお値段も人気もトップクラスとされる青山霊園などと比べると、この染井霊園はこぢんまりとしていて、ご先祖さまを身近に感じられそうな雰囲気です。子供乗せ自転車のお母さんや小学生たちが駆け抜けたりするのもいい感じ。著名人の墓地をめざして散歩に来る人がいる一方、ごく普通にお墓参りに来ている人もいて、お線香のいい香りが漂っています。

私事ですが、曽祖父は明治から大正にかけて品川区に住んでおり、都電の運転手をしていました。しかしそれを知ったのはつい最近。先祖への無関心、とりも直さず過去への無関心を猛省したばかりだったので、お墓に手を合わせる家族の姿は、なんだかとても尊いものに見えました。

霊園内には著名人のお墓の位置を教えてくれる標識やマップもあります。墓石を撮るのは気が引けてやめました。

ここには二葉亭四迷や芥川龍之介、岡倉天心などさまざまな著名人の墓地があります。個人的にうれしかったのは高村光太郎のお墓です。社会に出たばかりの悩み多きころ、彼の詩に励まされたことがありました。高村先生、その節はお世話になりました。その父・高村光雲や、妻・智恵子もここに眠っているとのこと。「歴史上の人物」としか考えていなかった人も、墓碑の前に立ってみると存在を実感するから不思議です。

あっ、飛び出し坊や!


霊園をあとにして、JR上中里駅方面へ向かって北上。親切な注意書きに心して、ゆるくブレーキを引きながら坂を下りましょう。強い日差しに火照った頬をなでる風が爽快です。振り返れば、下ってきた坂の名前は「蝉坂」。折しも小径車に乗ってきたお姉さんが、自転車を下りて押して登り始めるところでした。親近感を抱いて振り返りましたが、お姉さんの愛車は少なくともDAHONではないようでした。



やってきたのは「荒川車庫前」停車場のすぐ近くにある、「都電おもいで広場」。写真がひときわ微妙な理由は、緊急事態宣言を受けて営業が見合わせられており、敷地内に入れなかったためです。

展示されているのは旧7500形。都のHPによると、車内には運転台やジオラマもあるとのこと。

こちらは現役車両。左はレトロモダンな7700形、右は省エネタイプの8800形。型もカラーバリエーションも豊富です。

撮影していると、マスクをした家族連れがやってきました。フェンス越しながら展示車両を見ることはできるし、お休み中のおもいで広場のすぐ隣は稼働中の車庫なので、いろいろな車両に会うこともできるからでしょう。お互いに譲り合いながら写真を撮りましたが、「こんにちは」「すみません、どうぞ」と、小声で最小限の言葉を交わすのみ。屋外展示を敷地の外から眺めていたら、都電の思い出よりも、コロナ禍以前の日常生活に思いを馳せていることに気づきました。



次なる目的地のあらかわ遊園は、新型コロナウイルス感染症の影響ではなく、リニューアルのために休園中です。新装オープンは2022年春頃とのことですが、休園中も不定期に観覧車のライトアップを行なっています。今回はタイミングが合わず撮影することができませんでしたが、コロナ禍で悲しい閉業のニュースが多いなか、前向きな休業は大歓迎。密になって観覧車に乗る日が楽しみです。

カメラ目線の三毛猫。耳が切られているので地域猫のようです。

カメラ目線の鳩。

あらかわ遊園を通りすぎて北に向かうと、突き当たるのは隅田川。土手を上ると一気に視界が開けました。

過去には船が渡した隅田川を、首都高が傲然と横切ります。その手前のかっこいい施設は「みやぎ水再生センター」。

この先には隅田川を船でつなぐ「梶原の渡船場」がありましたが、交通手段の発達によって1961年になくなったそうです。市民の足の栄枯盛衰があったということは、それだけ古くから人の暮らしがあったということ。都電のあり方と重なります。

隅田川対岸、都営アパートの取水塔。ノスタルジーと近未来感を併せ持つ形状は、見つけるとなんだかうれしい。

隅田川から土手を下ったところにある白山堀公園。インパクトの強い遊具が魅力的です。

時代の流れがあまりに早く、「バブル」も「昭和」もすでに遠い過去のように語られる昨今ですが、二代、三代前ぐらいなら口伝でダイレクトに遡れることは、意外に忘れがちではないでしょうか。父母や祖父母の話も、なるべく存命中にたくさん聞いておきたいものです。

次なる目的地・飛鳥山も、そんな「少し前」の有名人に関連する場所です。近代日本経済の父とされ、新一万円札や大河ドラマに採用されるなど、現在絶賛フィーバー中の渋沢栄一さんが晩年を過ごした場所です。

かわいいパンの看板にひかれてペダルを止めました。そろそろおなかが空いてきたなと思っていたところです。

北区の渋沢フィーバーは郵便ポストにも及んでいました。埼玉県・深谷市のフィーバーも想像に難くありません。

飛鳥山モノレール「アスカルゴ」。反対側の公園入り口にはスロープがあるので、自転車はそちらから入りましょう。


好天に恵まれたこの日、公園内は多くの人でにぎわっていました。自粛生活の中、屋外の公園なら……と考える人が多いのでしょう。ソーシャルディスタンスを保ちつつ、先ほど買ったパンをいただくことにします。


公園内の至るところに渋沢さんののぼりが。パンはどれもおいしい! アジフライパンのキャベツの感じとか大好きです。

公園には3つの博物館がありますが、感染症拡大の状況に鑑みて休館を繰り返しています。お運びの際は必ず公式情報をご確認ください。渋沢栄一関連の建造物は外観だけでも楽しめるので、記念撮影をしている人も多くいました。書庫や茶室などの立派なたてものを誕生日プレゼントにもらえるなんて、貴族はやっぱりレベルが違います。


青淵文庫(せいえんぶんこ)は渋沢さんの書庫兼客間。渋沢家の家紋にちなんだデザインのステンドグラスがかわいい。

現在の清水建設が渋沢さんの喜寿に送った茶室、晩香廬(ばんこうろ)。青淵文庫も80歳のお祝いでもらったもの。


飛鳥山公園の西側の明治通りでは、大きなカーブを描いて坂を登る都電を見ることができます。荒川線が生き残ることができたのは、路線のほとんどが一般車線と分離された「専用軌道」になっていたため。しかし、この辺りは貴重な「併用軌道」になっていて、都電も自動車やバイクと同じ流れの中で走っています。

ここからの帰途は都電に加え、JRでも東京メトロでもお好みの方法を選べます。もちろん路線バスも通っているので、これだけの代替手段があるのに荒川線が存続していることは、しみじみすごいことだと感じました。

飛鳥山停車場から王子駅前停車場に向かい、専用の信号機で発車を待つ7700形。上空には電線がたくさんあります。

撮影のあと、過去の東京の道路事情を知る人に話を聞く機会がありました。都内各地の都電がすでに撤去ラッシュを迎えていた1970年代初頭、当時台東区の自動車ディーラーに勤めていたこの人は、納車のため、毎日都内のあちこちを走っていたそうです。

8900形の「都電落語会」ラッピング車両。ほかにも城北信用金庫など、地域密着企業の広告車両を目にしました。

「当時、都電は都内のあちこちを、ごく普通に走っていた。自動車が渋滞しているのは当たり前のことで、それが都電のせいだと考えたことはなかったけれど、都電が通り過ぎてくれるとほっとするところはあった」とのこと。それでも「当然いるものだと思っていたのに、本当にあっという間にいなくなったね」と寂しさを語りました。日常は失って初めてその大切さに気づくもの。我々はそれを昨年から嫌というほど思い知らされています。まさか失われた都電路線に共感することになろうとは……こうして、今回の自転車散歩は意外な結末を迎えたのでした。


今回巡ったポイントと走行ルートです。約9kmのショートトリップでしたが、昔懐かしい風景にたくさん出会いました。路面電車、都電荒川線目当てに行くのにも良さそうです。




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今回の「ローカル駅からはじめる自転車散歩」は如何でしたか?日本には全国くまなく駅があり、輪行すれば「楽に長距離を」「比較的安価に」移動でき、天候や体調の急な変化や機材トラブルにも対応できます。今回利用したDAHONのMu SLXは20インチサイズ最軽量の8.6kgを誇るフラッグシップモデルなので、輪行時に持ち運んでも軽いのは当然、走行面でもその恩恵を受けることのできる理想のライトウェイトバイクです。皆さんもDAHONの折り畳み自転車(フォールディングバイク)で、自転車散歩という休日の愉しみはいかがでしょうか。DAHONでは様々な折り畳み自転車をラインナップしていますので、走行機能と折りたたみ機能のバランスを考えながら直感的な好みも含め、自分にあった製品をお選びください。

DAHONでは今後も、様々な地方のローカルな鉄道駅を起点にした自転車散歩(ポタリング)記事を連載いたします。更新時にはFacebookやTwitterでお知らせしますので、ぜひフォローをお願いします。「ローカル駅からはじめる自転車散歩」のInstagramアカウントもありますので、こちらもぜひチェックをお願いします。


*使用車体
 DAHON / Mu SLX(Color:ドライレッド)2021年モデル

*この記事で紹介している情報は、2021年5月時点の取材に基づいています。
*歩行者のいるところや細い路地などは押し歩きや迂回するなど、マナー優先でサイクリングを楽しみましょう。